足もとは、かさかさ ざくざくと あいかわらず落ち葉の音だけれど 視線をあげると ぶわあっと白でも桃色でもない春をかんじる色が枝を包んでいる。
きのうは3分咲きほどだったトウハチ沿いの桜は6分咲きくらいに。
うわの空に春のこと見落としていたら居なくなっちゃうんだからと言わんばかりの勢いで桜が咲いている。
儚げなイメージも持つ桜だけれど、ぶわあっと咲いていくこのときは生命力をかんじる。逞しい。
ひとを外に呼んで、春の景色をつくってしまうのだもの。きゃしゃでやわな花じゃない。
公園を歩くひともすっかりふえて みんな桜と、桜を撮ることに夢中で足もとの落ち葉には気が向かなさそうだった。
そうやってみんなが同じ方向を見はじめると、わたしはひいてそのひとたちを眺めてしまうときがあるのはいつからだろう。
お昼のラジオはライブ音源を流していた。まどから入ってくる日差しは夏のようで、ビールが似合うお昼だった。
和田唱さんがゲストに出ていた。
このひとの話し方、話すトーン、ことば、つくるうた、どれもカラッとしていて適温だなーとかんじる。
目の奥とかいろんなところから愛があることってかんじられるけれど、このひとにもそれをかんじる。
またあのラジオ聞きたいな。
きのうの夜、眠るとき布団をすこし動かしたことでのんさんが目を覚ました。あ、ごめんねーと言うとにこっとした。じっと見るほど目を覚ましてしまいそうだったのでわたしは目を閉じた。眠れなかったら呼ぶだろうと思って。
うっすら目をあけると、右を向いたりひだりを向いたり上を向いたりどうにか眠ろうとしていたり、目があったり。
がんばっているつもりはないのだろうけれど、じぶんでどうにかしようとしている姿ががんばっているように見えて愛おしいきもちで応援した。
うっすら目をあけると、右を向いたりひだりを向いたり上を向いたりどうにか眠ろうとしていたり、目があったり。
がんばっているつもりはないのだろうけれど、じぶんでどうにかしようとしている姿ががんばっているように見えて愛おしいきもちで応援した。
お昼寝のときも同じようにひとりで眠っていた。
これからこうやって見守って応援するというのはますます大事なのだろうな。
のんさんができることを奪わないように見守ったり、ぎゅっと抱きしめたり。
夜ごはんは、鶏の肉巻き(人参、いんげん)、おばあちゃん煮(つづき)、くるみ和え柚子胡椒味ごま豆腐(つづき)、鶏ひき肉とやさいの炒めもの(エリンギ、トマト、春キャベツ、大根、葱)、ごはん。
近ごろ眠いと目をこするのんさん。にんげんらしい動きをするようになっている。
近ごろ眠いと目をこするのんさん。にんげんらしい動きをするようになっている。