2015年8月29日土曜日

150829 沁みるひと皿とグレープフルーツゼリー

2015年8月29日土曜日


いよいよ、よよよ
やった来たきた
来たんだよ
やややのわわわ

帽さんは図工室をひらき
わたしは本部として
さんかする
みんながつくってきたきょうとあした

どきどきやふあんがきのうのよるまで
たっぷりあったけれど
来年さんかできるかわからないなーということを思い出したら
たっぷりたのしまなきゃ、なきもちがもくもく湧いてきた
思い出してよかった
おなかさんは初さんかだ
かぞくでさんか、なのである

きょうとあしたをたのしもうー
みんなとたくさんわらおう
ふっくら過ごそう

こんなときにしっかり風邪をひいたけれど
おなかさんは朝のあいさつをぽこっとしてくれるしだいじょうぶだ

お天気もったらいいなー


お天気はふったりやんだりだった
けれど
みんなとたくさんわらったな

帽さんもとってもたのしんだようだ
祭だもの、たのしくなくっちゃだ

おなかさんのおかげで
たのしめたきょうだった

懇親会のときに
tupera tuperaの亀山さんがタイ料理をよそってくれた
プリンのお礼かな
なんだかそういうのってあったかくなるな
くたくたに沁みるひと皿いただきました

夜ごはんは、沁みるひと皿
お家に帰って、グレープフルーツゼリー。

わっしょい、あした


2015年8月27日木曜日

150827 たらこのスパゲティー

2015年8月27日木曜日


きのうは、おふろをいれてくれていたぷかぷかとしてあたたまり
ふかい眠りについたからか
朝、なにか纏っていたものは解けてぬけていた
ふあーっとあかるいひかりをかんじる
ひとでもくうきでも包んでしまえというようなきもちになっていた

おふろパワー!


朝駅まで歩いた
バスよりじかんもかかる
とおいけれど
あるくと深呼吸できる


ちいさくて花をこの季節にたくさんつける木

派手なミニスカートが似合いそうな、口紅のいろとしてもありそうだけれどあまり多くのひとには選ばれなさそうな若すぎるピンクいろ
あかるい夕暮れのどこかにまぎれていそうな、品のある
むらさきとピンクのあいだのいろの花

この花を見ると、ポルトガルの風景をを思い出す
なんだかすきである

このまえ、満開を迎えた花たちは枯れはじめていた

しっかり咲いたのだろう
全うしたのだろう
それをかんじた

枯れるこのときも見上げてみつめていよう



夜ごはんは、お刺身のつづき、じゃがいもと玉ねぎと大根と豚ばら肉の炒め煮、たらこのスパゲティー。


よこになるとおなかさんはうごき出す
うごきやすいのかな
のんびりできるのかな
ぽんぽんとたたくと返ってくる
意味を含まない言語で会話をしている

150826 ねぎとろとごはん

2015年8月26日水曜日



夜ごはんは、まぐろとねぎとろのお刺身、蒸かし茄子とじゃがいも、くるみの小魚のつくだ煮、ごはん。

帽さん作の夜ごはんです

おなかがはるのと
のどがいたい
すこし熱の気配

ビルのくうきだか
ひとのくうきだか
なんだかどんよりを受けとってしまった

おなかさんもそんなときはぐるんぐるんとうごかない
うごかないという伝え方で
休んだほうがいいのよ、と言う

帽さんやおなかさん
それからやさしいひとが
わたしの状態を伝える

わたしはわたしを置いて
走ってしまうことが多々ある

声をかけてくれる
助けてくれるひとが
ひとりふえたのだな


2015年8月25日火曜日

150825 100%ピュアジュース

2015年8月25日火曜日


たいふうが熊本に上陸したそうだ
つよいたいふうなんだそうだ

5:30くらいに帽さんと起きた
おなかさんはまだよこになっている方がいいかなーとおもいつつ
目が覚めたのだからといっしょに起きた

朝のよゆうは、やりたいのきもちをつくる
きもちがふっくらする


きのうは、ふらふらした
これもまた気がついていなかったけれどいろんなものをもらっていたようだ
くまいさんのアンテナによって見つかった
ふらふらしながら本屋さんにどうしてもと言って栄養補給というのかなんなのかよしもとばななさんと吉本隆明さんの本をさっと見て、ぱっと選んで、ふらふらのわたしを連れて帰った

昨夜読んだtoeの記事(http://1overf-noise.com/toe/us-tour-2015/
朝にきいたら
きもちのよいせつなさがあって
とってもよかった
演奏しているひともきいているひとも泣くことができる曲
しずかに雨が降り
きれいに洗われたようなきもちになる



夜ごはんは、六甲山。

どうやら風邪をもらってしまったみたい
パワーをつけるごはん


おなかさんは、今朝からぽこぽこ運動からぎゅるぎゅる運動へ変わってきた
うごきがダイナミックでずっしりくる
ぐぅんっと重みがきてぽっこんとするのをかんじる

うごきか
おおきさか
げんきに育っているのがなによりだ




2015年8月23日日曜日

150823 餅米と空芯菜炒め

2015年8月23日日曜日


目が覚めて
ふとんでまどろんでいると
まどの外から
いくつものからすの鳴き声が聞こえる

かーかー
あーあー
からすもそれぞれいろんなふうに鳴く
きもちよく調和されていて
はじめは気がつかなかった
ピンとが合っていくと聞こえる
からす界のロックシンガーかしらというしゃがれた声があった
ぎーぎーというような
ぎあーぎあーというような
みみで聞こえたこれを
文字にするってなんてむずかしいのだろう

どうにも変換できないが
きっとからす界では何年かにひとりの逸材だなんて言われている
異質な声と鳴き方の名シンガーだろうなんて朝からもくもく考えているのがきもちよかった


なんだかきょうは、なつやすみだった
ふたりでなんでもなくのんびりと過ごして
まだ蝉は鳴いていて
扇風機をまわしている

帽さんとこうえんへお散歩
帽さんはビール
わたしはなんとなくのみたくなったノンアンコールビール
そしてアメリカンドッグを2つ買って歩いた

「夏がおわるまえに蝉が鳴いているこの道を歩こう」と帽さんは言ってくじら山のうらっかわの道を歩く

お盆休みなどなかったのだけれど
きょうのおかげでなつやすみをしたきもちになった

むしむしとしつつも
涼しい風が吹きはじめている
ことしの夏の店じまいがはじまっている

夜ごはんは、いく子さんとどっちゃんと4人でランサーンへ行った


駅から家への帰り道
電線を2ひきのハクビシンが歩いているのを帽さんが見つけた

見ていたら
ことばをかくようになっているからか
よしもとばななさんの「もしもし下北沢」を読みおえたばかりだからか
なんだかとってもロマンチックなものに見えた

-ふたり連なりつなわたりする 夜のお散歩-

このキーワードたちだけでひとつものがたりが生まれそうである

どうぶつひとつひとつにこんなエピソードでおはなしをつけてこどもに話したりしたらなんだかいいな、なんて思った

2015年8月21日金曜日

150821 茄子のミートソースグラタン

2015年8月21日金曜日


なんだか足がおもたいなーと
朝を過ごして
しごとをしてたらわすれてた
よるになって駅を歩きながら
ピンときた

キンニクツウ

重たさの焦点が絞られて
太ももがとくに痛む
スクワット効果

これはこれは
産むためのひつようなきんにくがまだまだ足りんということだ
すこしずつつづけましょ


おもひでぽろぽろまでに帰るを目標にしていたが
まったく間に合わず ん

夜ごはんは、茄子のミートソースグラタン、豚しゃぶサラダ、冷ややっこ、ごはん。

帽さんが作ってくれていた
ありがたや
そしてとってもおいしかった
ごちそうさま

150820 とろろごはん

2015年8月20日木曜日


ワークショップの後、からだがぐったりした

夕立がそれをさそったのか


からだが重たくなってきたのをかんじる


夜ごはんは、ごぼうととりひき肉のぺったんこ焼き、冷ややっこ、ぶた肉と白菜の重ね煮(つづきのつづき)、玉ねぎとかぼちゃの味噌汁(きのうのつづき)、とろろごはん。


眠る前にふとももをふんでもらい
スクワットなどをして
からだをぽかぽかにして眠る

2015年8月19日水曜日

150819 焼き鮭

2015年8月19日水曜日


きょうは、助産院でにじみ絵

思っていたように
わたしはそとにきもちを向けすぎている、と
おなかのひとにもきもちを向けたら
じぶんへ向ける分が空っぽ
そんなふうなのだそうだ

思いあたる
思いあたる


おなかのひとへきもちを向けて
なんだかからっぽなかんじで
きもちいいを聞きながら
ゆびで描きはじめたら
現れるいろがすっかり変わった

あか きいろ あお は
土のいろに変わった

なんだかあおを消そうとする
わたしもいたような気がする

けれど
あおがまったく消えると
あおをたして

そんなふうだった



じぶんに向かうような本を近ごろ手にとっていたのは
あたまじゃないわたしがいっしょうけんめい手繰り寄せていたのかもしれない

じぶんにきもちよい方へ向かうと
わたしが出てくると
時計を見ずに
水に溶けたようなじかんを過ごし
スケッチをしたり
うたをうたいたいなーというふうに思う


助産院としごとのじかんを行き来して
おおきくわけて2つ
わたしが浮かびあがる


おひるは、鍋焼きうどんをたべました
夏でも鍋焼きうどんがある蕎麦屋がすきだ


ハナレグミのアルバムを買った
呼ばれるように記事を見つけて
購入した


もとこさんかられんらくがやって来た
なんというタイミング
きょう夕方会うことになった

さてそうじやらをやろう



ハナレグミのアルバムを聴きながら
いそいそアレコレ

くうきやいろやいろんなものが溶けて
からだとその周辺をまとっている
そのやわらかいのを
なるべく解けないようにくるまっていたい
そんなきもちになっている
アルバムの終わり


夜ごはんは、野菜炒め(このまえのつづき)、ぶた肉と白菜の重ね煮(このまえのつづき)、焼き鮭、ごぼうととりひき肉のぺったんこ焼き、玉ねぎとかぼちゃの味噌汁、ごはん。


2015年8月18日火曜日

150818 豆菓子

2015年8月18日火曜日


おなかさんのぽこぽこタイムがふえているように思う

手でかんじられるようにも
目でみえるようにもなってきた

はじめてのおなかさんとの会話のように思う

ほかのなにかにきもちが向かっているときも
ぽこっとすると手をとめたり する

こっちを向いて と
すこしずつ意識が向かっていくように
ぽこぽこタイムがあるのかしら




2015年8月17日月曜日

150817 パクチーの入った野菜炒め

2015年8月17日月曜日

パンとサラダとトマトとオムレツ
そしてホットミルク、スイカ
帽さん母のおいしい朝ごはんをありがたくいただいた
ホットミルクをにがてと思っていたのだけれどとってもおいしかったな

ひとくちごくりとのむと
水滴が水たまりに落ちたように
からだぜんぶにやさしい甘さがひろがった


東京駅に降り立つと
みんながはや歩きにかんじて
歩きながらかしこまってでんわで話したり
でんしゃでパソコンをひらいていたり
いつもある風景に目がとまった

そのばしょによって
流れるじかんってあるのだ


きもちよく雨がたっぷり降ったきょう
夏おしまいの鐘ひとつめが鳴った


夜ごはんは、野菜炒め(もやし、ひき肉、ピーマン、パクチー)、豚肉と白菜の重ね煮、ごはん

帽さんに作っていただいた




150815 タコスとちらし寿司

2015年8月15日土曜日


燃えるごみの回収車が やって来る
やって来たよと鳴らしながら
土曜日は朝の9じころ

ふっと気がついたけれど
このうた 赤とんぼ なのである

-夕焼け小焼けの 赤とんぼ-

なぜこのうたを選んだのだろう
朝はしるのに

収集車もきっとずっとひっかかっているんじゃないかしら
気づいているのかな、と


さて、長野へ向かいます


2015年8月14日金曜日

150814 鍋焼きうどん

2015年8月14日金曜日


きのうの夜は、あいこちゃんとたかくんとすーさんとたのしいごはんだった。

ふたりは
どんどんやさしいやわらかい表情へと変わっている

おなかさんがやって来て それをとっても喜んでいっしょにたのしみにしてくれている

このふたりとすーさんに会って話すと
どきどきよりも
やって来ることのたのしみがふえる


インナーチャイルドワークをしてからかな、そいえば産むことへのこわさがすーっとひいている

こころがふっくらとしている


そいえば
きのうは 蝉がやって来た
そのまえの日は リュックに蟻がついていて いっしょに出勤した

ふっと抱えているものを話してもらう機会がつづいている


木のようないまなのかしら



夜ごはんは、つるとんたんのうどん


これを聴いていたらおなかさんがぽっこぽっこうごいた
このひとの声が、きもちよいのかな


2015年8月13日木曜日

150813 キーマカレー

2015年8月13日木曜日

文字やことばに憧れながら
けれども無意味を追いかけて
ここ数年はなれていた

どこかでずっと思いながら
はなれていた

そのあいだに
新たなことば
改めていまだから反応できることばに出会い
わたしというものを構成するものと捉えていた枠やものたちを外す作業をしていたような気がする

ことばからはなれていたって
ことばによってせかいを覗いて
その言語で考えたりしているんだな


思ったりかんじたりするぼんやりをそのままにしておくこのごろだった
思った日のうちに聞いてくれるひとがいるからそれによって消化できることもあった


おなかさんがやって来て
脱皮するというのか
よりもとへ帰るというのか
そんなかんじがしていて
もともとをとりもどす作業をしよう
そんなきもちでいる


いまやっているさまざまなことも
大切にしたい
という思いとともに
まったくちがうことをはじめるんじゃないかという
そんな予感もしている


なにかをいったりきたり
ぎったんばっこん
している
どことどこを行き来しているのかは
まだよくわからない



ことばでのきろく、スケッチのようなものを再びはじめようかなと
書く媒体をかんがえていたのだけれど
かんがえているうちにどんどん忘れていく

ので

またここに記す


きょうの夜は、あいこちゃんのおうちでキーマカレーが待っている
うひゃい





2015年8月12日水曜日

150811 チキングラタン

2015年8月11日火曜日


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目の前に現れたのは
あざみ野のおうちだった

トビラをひらくと
藤が丘の家へと変わった

探してみると
玄関を背にひだりがわ
お父さんの部屋だったはずのところに、4才くらいのわたしがいた

黒のような紺のような色をベースとした白の水玉のヘアバンドをして
上は白、スカートはヘアバンドと同じような色と柄をしたようふくを着ていた

はじめは泣いていた
そして声をかけても
じっと見てまだこのひとは信じられるのだろうかと探っているようすでシロを持って歩いていく

泣いているわたしは、どうやら夜お母さんやお父さんが帰ってくるのを待っていて
帰って来ないかもというきもちとはやく帰ってきてほしいというきもちで泣いていた

いっしょに待とうか、と声をかけると頷いた

場面は変わって、あざみ野の家になっていた

台所とリビングのあいだのつくえで
トーストにバターを塗ってわたしに何枚もくれる
さっきとはちがってにこにこしている
3枚もトーストを口にほおばった

うたっておどりながらにっこにこしているのに手拍子をして聞いたりした

ずっと声や音は聞こえなかった

帰るねと伝えると、また泣きがお
ちいさなころのわたしは、なきむしだ

また来てほしいというのと
花が浮かんだ

玄関を出るときは
わらって見送ってくれた


戻って来たときは
もやがかかっているような
ずっと遠くの止まっていたじかんがうごいたような
やっと戻って来られた、そんなかんじがした

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助産院でインナーチャイルドワークというのを行なった

幼いころのわたしに会いに行くという体験

いろいろな根っこは、こどものころにあったりして向き合っていくことでものごとを乗り越えられるようになることがあったり、こどもとのと関係で悩んだときの鍵に気がつけたりするという考えで行なっているのだそうだ

終わってからたしかにすっきりした
腰の痛みが和らいだ


座禅などと似たようなかんじなのだろうか


とちゅうでおなかさんが ぽこっとうごいたのがわかった
おなかさんもいっしょにわたしのこどものころにあったのだろうか


終わってからおなかがへって
国立のロージナ茶房へ

どうしてものみたいココアのために
セットではなくて
2人で分けっこするくらいの量のチキングラタンを注文

基本的には薄味でチキンやベーコン、チーズなど入っている具といっしょにたべるとちょうどよい味になる
ちょうどよくおわるように考えながらスプーンを口にすすめていたらあっという間にたべおわっていた

おなかさんがやって来てあまり変化のないわたしだったが
近ごろよくたべる


国立駅前の本屋さん
8月末に閉店するようでふらっと立ち寄る
本屋さんへ行くと、吉本隆明さんを探すこのごろ
手にとったのは、内蔵とこころの作者の本だった


おもむくままに
国分寺のアースジュースへ
季里さんへのお返しと
くつした
そして、出会ったきもちのよいスカートを購入する

そとでマネキンが着ていた色ちがいのミドリ色はあいこちゃんのいろをしていた

こどものためにきもちを向けて日々過ごすあいこちゃんのために
あいこちゃんのためのものを渡したいなと探していた
ようやっと出会えたので包んでもらう

すこし丈がながいかもしれないけれど
着るときもちが上向きになるようなそんな1着になったらいいな