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目の前に現れたのは
あざみ野のおうちだった
トビラをひらくと
藤が丘の家へと変わった
探してみると
玄関を背にひだりがわ
お父さんの部屋だったはずのところに、4才くらいのわたしがいた
黒のような紺のような色をベースとした白の水玉のヘアバンドをして
上は白、スカートはヘアバンドと同じような色と柄をしたようふくを着ていた
はじめは泣いていた
そして声をかけても
じっと見てまだこのひとは信じられるのだろうかと探っているようすでシロを持って歩いていく
泣いているわたしは、どうやら夜お母さんやお父さんが帰ってくるのを待っていて
帰って来ないかもというきもちとはやく帰ってきてほしいというきもちで泣いていた
いっしょに待とうか、と声をかけると頷いた
場面は変わって、あざみ野の家になっていた
台所とリビングのあいだのつくえで
トーストにバターを塗ってわたしに何枚もくれる
さっきとはちがってにこにこしている
3枚もトーストを口にほおばった
うたっておどりながらにっこにこしているのに手拍子をして聞いたりした
ずっと声や音は聞こえなかった
帰るねと伝えると、また泣きがお
ちいさなころのわたしは、なきむしだ
また来てほしいというのと
花が浮かんだ
玄関を出るときは
わらって見送ってくれた
戻って来たときは
もやがかかっているような
ずっと遠くの止まっていたじかんがうごいたような
やっと戻って来られた、そんなかんじがした
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助産院でインナーチャイルドワークというのを行なった
幼いころのわたしに会いに行くという体験
いろいろな根っこは、こどものころにあったりして向き合っていくことでものごとを乗り越えられるようになることがあったり、こどもとのと関係で悩んだときの鍵に気がつけたりするという考えで行なっているのだそうだ
終わってからたしかにすっきりした
腰の痛みが和らいだ
座禅などと似たようなかんじなのだろうか
とちゅうでおなかさんが ぽこっとうごいたのがわかった
おなかさんもいっしょにわたしのこどものころにあったのだろうか
終わってからおなかがへって
国立のロージナ茶房へ
どうしてものみたいココアのために
セットではなくて
2人で分けっこするくらいの量のチキングラタンを注文
基本的には薄味でチキンやベーコン、チーズなど入っている具といっしょにたべるとちょうどよい味になる
ちょうどよくおわるように考えながらスプーンを口にすすめていたらあっという間にたべおわっていた
おなかさんがやって来てあまり変化のないわたしだったが
近ごろよくたべる
国立駅前の本屋さん
8月末に閉店するようでふらっと立ち寄る
本屋さんへ行くと、吉本隆明さんを探すこのごろ
手にとったのは、内蔵とこころの作者の本だった
おもむくままに
国分寺のアースジュースへ
季里さんへのお返しと
くつした
そして、出会ったきもちのよいスカートを購入する
そとでマネキンが着ていた色ちがいのミドリ色はあいこちゃんのいろをしていた
こどものためにきもちを向けて日々過ごすあいこちゃんのために
あいこちゃんのためのものを渡したいなと探していた
ようやっと出会えたので包んでもらう
すこし丈がながいかもしれないけれど
着るときもちが上向きになるようなそんな1着になったらいいな
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