2016年5月31日火曜日

166 きんにくつうって目にみえない

2016年5月30日月曜日


雨のげつようび。雨だとこころが静まっていろんなむりをやめようとする。ものすごくかろやかにつっぱしれる日もあるのは、こういう日があるからかなと、身をまかせる。掃除だけなんとかしたけれど、のんさんといっしょにお昼寝もした。

のんさんのお風呂にはいるじかんなど決めていったほうがいいのかな。リズムってつくるのか、できるのか。夜ゆったりふかく眠れるといいなと思い、ぼんやり思う。


夜ごはんは、南瓜の塩蒸し、にらのチヂミ、とりとだいこんの煮物、たこのお刺身、重ね煮のお味噌汁、ごはん。

チヂミのたれ、にんにくたっぷりで口の中がからい。


2016年5月29日日曜日

165 愛してしまえばいいよとわらっていたい

2016年5月29日日曜日


父ちゃんズは登山のきょう。よく晴れた。
帽さんが準備をしているころに目が覚めた。よかった。夜に焼いておいたばななケーキを山でのおやつにとちいさく切ってアルミホイルで包む。気がつくとのんさんも目を覚ましていた。いってらっしゃいのために起きたのかしら。

いってらっしゃいをして、のんさんは眠った。おむつ替えの最中にお布団におしっこをしたので2回まわす。まだ早い朝だったからのんさんと眠って、起きてから洗濯物を干そうと思っていたけれど、けっきょく気になって干した。よし眠ろうと思うとのんさんは起きた。そんなものだ。
あいこちゃんすーさんと公園でおひるをたべようとやくそく。おひる手前のころ授乳をしていっしょに眠ってしまった。このあいだにこれやっておこうのつみ重ねでつかれていたのかな。のんさんは休むじかんをくれた。

30分ほど待たせてしまって、公園へ出発。だいじょうぶよーと言ってくれるからっとしたやさしさに救われる。


すーさんはおかあさんのきもちがのんさんにいくのはいやだなーけれどこのひときになるなーという混じったきもちがうまれている。のんさんはころんころんとシートから原っぱへいどうして、土の上で仰向けになっていた。ひんやりとしてきもちがよかったのかな。わたしからみたらちいさなのんさんも、ありからみたらおおきないきものだ。ころがってきておそろしいだろうな。草をむしって口にいれて手に土をつけてばたばたしていた。からだでせかいと出会ったらいいと思いつつ、土をはらったり草を口からはなそうとするきもちにもなって、そうかあと思う。おとなのきもちでルールを押しつけたり、出会いを妨げたりせずに、いまだから行うことをみつめてからっとわらっていたい。


夜ごはんは、納豆、ホイコーローのような炒めもの、重ね煮のお味噌汁、ごはん。

のんさんメモ
前のめりになるけれど、支えなしで座れるようになってきている。うつ伏せのときに前にすすみたそうにしている。


2016年5月28日土曜日

164 ばななとすいかと、それから蛙

2016年5月29日土曜日


予備校で出会ったともだち同士、4人で仲よくなって、ひさしぶりに集まった。生まれて30周年な我々はそれぞれに双眼鏡で先を眺めたり、アンテナをくるくる回してみみをすましていたりしている。そんな時期のようだ。
出会ったころは、18才。ふり向いてすこしそのときからのことを思うと、ずいぶんと歩いてきたよ、よくやっているよと思う。18才のころのわたしよ、こんなふうに生きているよ。予想をそもそもしていなかったけれど、予想もできなかったであろういまがあるよ。そうして、このいまはすてきないまだ。
12年後のことをやっぱり予想できなさそうだけれど、18才のわたしにいま言えるようにすてきないまだと言いたいな。そのころ、のんさんは12才だ。どっひゃー。


夜ごはんは、ホイコーローのような炒めもの、豆腐サラダ(コリンキー、オクラ、水菜、大根)、アボカド、重ね煮のお味噌汁、ごはん。


のんさんはいつもよりすくない睡眠で、みじかい昼寝をしてはにこにこしてがんばったきょう。一度眠りについてから目覚めて大泣きをした。どうして目覚めたのか、大泣きの原因もわからなかったのだけれど、帽さんといっしょに過ごすじかんをつくったのかな、なんて思った。


帽さんは、あしたの登山のために買いものに行っていた。帽子と合羽と出会えたようだ。「いつも買うときに意見を聞いていたからいなくてなかなかつらかった。全然ちがうところから、これはーっていつも持ってきてくれるじゃない。あれがいいのよ。そういうのもなかったからいっしょに行っていたらちがうものを買ってきていたかもしれないなー」

きょうはいい日だ。



2016年5月27日金曜日

163 メタ認知よりメンチカツ

2016年5月28日金曜日


起きてすこししてから雨の音がきこえてきた。ひさしぶりだな。公園の土のあたりは、からからですなぼこり舞っていた。待っていたよ、の雨だろうな。
きょうは、家でごろごろしよう。


夜ごはんは、ホイコーローのような炒めもの、豆腐サラダ(コリンキー、オクラ、水菜、大根)、豚肉味噌炒め(コリンキー、玉ねぎ、トマト、オクラ)、焼きズッキーニ、 つくね、とうもろこし、ごはん。


NHKオンデマンドで、72時間ドキュメントの番組をみた。駄菓子屋さんの72時間。神戸にある駄菓子屋さんで、席があり買ったものや作ってもらったクレープなどをそこでたべることができる。集い、過ごすことができる場所。そこに集うのは小学生だけではなくて中学生、高校生、夜はビールも出て小学生からの馴染みのかおが酔っぱらうことのできる場所だった。さみしいをあたためたり、たのしいをふやしたり、いろんなひとと交わったり。そこにいるおねえさんに会いに来ている。

いまあるしごとのなまえだと、やっぱり駄菓子屋さんだなーとまた思う。

2016年5月26日木曜日

162 わらった声におどろいて、そしてゆっくりとわらう

2016年5月26日木曜日


朝、のんさんは起きたと思ったらころんころんと寝ているへやからとなりのへやへ移動していた。きもちとからだははなれているのだろうか、と思う。眠くて泣きながらころんとしたりするのだもの。
寝返りをするようになってから、いろんなものに手を伸ばすようになっている。わたしが渡したものだけでなく、じっとみつめてかりかりかりっとしてつかんだりなめたりしている。気がついたらチラシが平面から立体になっていておどろいた。
新聞紙目がけてあたまからころんと仰向けになっていた。せかいにからだごと飛び込んでいるのだなー。

夜ごはんは、豆腐サラダ(コリンキー、オクラ、水菜、大根)、豚肉味噌炒め(コリンキー、玉ねぎ、トマト、オクラ)、焼きズッキーニ、 とうもろこし、とりと大根と椎茸の煮物、ごはん、重ね煮の味噌汁。

帽さんがお土産ととうもろこしを買ってきてくれた。無水鍋で大さじ1のお水で蒸してもらったらとってもおいしかった。夏の味。じぶんで選ばないものがひょいっとやってくるのは、うれしい。


そういえば、のんさんは抱っこひもをしているときに上を見上げられるようになった。真正面、すこし右、すこし左とすこしずつ首を動かせるようになり、景色をいっしょにたのしめるようになっている。桜のころ、「桜きれいだねー」と言ってもまっすぐから下くらいしか眺められなくて、ひくいところ(すぐ近く)に咲いているのをいっしょにみた。きのう、ふっと「葉っぱいろんないろがあるねー」と言ったときにわたしよりも背の高い葉っぱをいっしょに見上げていた。きょうはひさしぶりにくじら山に登って「きれいだねー」と声をかけたらいっしょにとおくを見下ろすことができるようになっていた。重さや手ざわりなどがまだわからない彼女にはどんなふうにみえているのだろう。

きょうは、のんさんがにこにこときげんがよくて、それがなによりだった。


2016年5月25日水曜日

161 あんまりすきじゃなかったのにな、すいか

2016年5月25日水曜日


歩きながら書いたにっきがきえていた。かなしい。
家でパソコンで書くよりも歩きながら浮かぶことばをつかまえならべていく方がきもちよい。


涼しい風が吹く曇り。空のいろはのっぺりたいらというかんじ。光と影が混じって差がないというような。

のんさんは、きのうくらいからよく眠る。7時くらいに帽さんをお見送りして、そこから3時間くらい眠る。さんぽのあいだも、前よりすとんっと眠るようになった。眠くても、からだがそう動いちゃうというようにずっとしている寝返りは、からだをへとへとにさせているのかもしれない。


きのう、山梨の農家さんから無農薬やさいが届くように申し込んだ。とってもお手頃な値段だったのではじめてみることにした。八百屋さんでならんだやさいから選ぶこともしたいしと、まずは隔週でお願いした。ここをベースにつるさんのところとぐるっぺ、それから豆腐はお豆腐屋さんでとできたらよさそう。ごちゃごちゃしているものがすっと整理されていっている気がする。それがきもちよくてうれしい。じぶんの暮らしを手の伸ばせる範囲でもったいないことをせずにできるように、どれくらいひつようかなどをわかって過ごせるようにしていきたいなーと思ってきた。たのしい方法で家計簿みたいなのをつけてみようかな。いずれはつくっていくへ向かいたい。


そうそう、早川ユミさんのツイートが響いた。ここにメモしておこう。
種まきすること、畑を耕すこと、日本みつばちを飼うこと、果樹を育てること、ちくちく衣服をつくること、焼きものをつくること、くらすこと、本を書くこと、絵を描くこと。こういう、すべてのしごとが、社会に抗うこと、よのなかを問う、しごとだとおもっている。
社会にたよらず、すこしずつでも、じぶんたちの手でくらしをつくることができたら、じゆうな生きかたができるんゃないかな。そして、ひとびとはもっと、こころのよりどころを、くらすことのなかにみつけられる。


夜ごはんは、きんぴらごぼう、冷奴、長芋海苔和え、くるみ和え、とりひき肉のつくね、ごはん。

帽さんはごはんをたべてくるかもだったので、のんさんをお風呂にいれた。8時過ぎに眠りについた。おなかがへっていたけれど、あした帽さんはお弁当への意気込みが勝って仕込んでいたら帽さんが帰って来た。帽さんとたべるごはんは、ゆっくり噛んでじぶんのペースでたべられる。

帽さんが眠ってから残っていたバナナでまたケーキをつくり、すいかをたべた。東の瓜ってなんだろう、夏の瓜ってなんだろうと思いながら。すいかのひとくち目ってなんておいしいのだろう。


2016年5月24日火曜日

160 いつもの公園

2016年5月24日火曜日


夜ごはんは、きんぴらごぼう、くるみ和え、アボカド、焼豚、たまご焼き、とりと大根と椎茸と葱の煮物、ごはん。


いつもの公園をさんぽ。ちいさなちいさなもぐらが草むらに出てしまっていた。周りに穴はなくて、どこかから連れ出されてしまったのか。なんとも言えないかなしいきもちになった。お墓をつくったらよかった。せめてもと手を合わせた。

夜もすっかりあかるいこの町では闇はどこかに追いやられている。照らされて見えてしまって、みえなくなってしまっている。みえないけれどある。こたえの保留。そういう豊かさというのかな、があると思う。
公園ではもぐらがかきだす土のこんもりした山をよく見かける。みつけると「もぐら!」と声に出したくなる。何度みつけてもなにかがちいさくはじける。こんもりした山をみつけて、もぐらという存在をみる。目にみえないけれどいるをかんじられる。


そんなきもちを引きずって歩きつづけたら、とある収録をやっていた。いつか話してみたいひとたちがものをつくるその場所に立ち会ってしまった。1シーンみることができただけでおなかいっぱいになった。

ぐるっぺで買い物をして、夕方を家で過ごした。

159 よるがうたうよ、うみのおと

2016年5月23日月曜日


夜ごはんは、きんぴらごぼう、焼き鮭、くるみ和え、焼豚、ごはん、味噌汁。


夜もむしむしする暑さ。
きょうは夕方から合間を縫ってやって来てくれたあの子。じかんは着々と流れている。お世話になっているひとたちのことを想う。そして、あの子の持っているやさしいにっこりが彼女にかえっていたら、ほぐれて帰れていたらいい。
ワンピースに日傘を持って舞うように帰っていった姿がすてきだった。あいかわらずやさしいでいっぱいだった。

2016年5月22日日曜日

158 前髪がながいのも似合うね

2016年5月22日日曜日


ちゃぶ台をとっぱらって、リビングをのんさんがころんころん。帽さんがサッシー(ぬいぐるみ)を急に近づけたり、のんさんの胸のあたりに落とすと、こっちがわらいたくなるくらいにげらげらわらった。帽さんはこうやってのんさんのたのしいをくすぐるあそびを見つける。すごいなーとわたしはまねをする。

きょうは、ドライブな日であった。ohanaのオハナ百景が似合う晴れた青い空日曜日だ。移動しながら授乳もおむつ替えもできるなんて、くるまっていいものだな。

帰りに助産院でひらかれていた八角堂のオープニングパーティーへ。ここでやっていることにおおきく賛同しているきもちとエールをと思って、行きたかったので立ち寄れてよかった。こどもがげんきで活気のある村のようなところ。これからどんなふうけいを描いていこうとしているのかまりこさんのお話も聞きたかったな。たとえばわたしならここでなにができるのだろう、はてさて。


夜ごはんは、茄子と玉ねぎミートソーススパゲッティー、塩蒸し南瓜、ブロッコリー、葉玉ねぎのぬた、鰹のお刺身。

のんさんが眠り、帽さんも眠ってまだ23時前。よし、きょうこそとバナナケーキをつくってみる。オーブンで焼いているあいだの30分、床掃除をしていた。やりながらほかのことしたらいいのになーなんて思いながらも、こうやって床掃除ばかりしている。ローリングのんさんになったこともあり自然とこまめに掃除をするきもちになっている。そして気がついたのは、掃除機の掃除はニガテで雑巾や箒の掃除ならけっこう好きであるということだ。雑巾というのもニガテだったのだけれど、使い古したタオルでつくった雑巾にしてからは、きもちよく使えるようになった。お風呂もお湯をためて本をよむようになってからめんどうではなくなった。いい距離感をつくるとすきになる。

車でのんさんは機嫌がよく、ときどき眠り、帽さんとも話をして、いつもは見ないふうけいをみてすこし夏のようで、なんだかいい日だったな。


2016年5月20日金曜日

156 シロツメクサとアザミのちいさな花束

2016年5月20日金曜日


きのうより涼しい。たいようはふらふらしている。気がぬけているというようなてんき。わたしもきょうは掃除はいいかーとなっていっしょに気がぬけている。


たいせつなひとたちとことばを交わす昨日今日。はてさて、風はどっちだ。


デザートよりもビールだったわたしは、おかし作りなんて年に1回くらい。あんまりたべないからこそおいしいのがたべたくて、バターとかニガテなものがないやつがたべたくて、そうかー作ったらいいのかとたどり着いた。
甘いものが好きな帽さんと、これから好きになるかもしれないのんさんも、たべるなら作るのもたのしいだろう。
とくべつな日のとくべつおかしは近所のおいしいあそことかで贅沢したらよいけれどね。
帽さんのお母さんにいただいたゼリーのまねからはじめてみる。


きのうほぼ日の糸井さんと矢野さんの対談をよんで、クリームシチューをひさしぶりに聞いたのだけれど、いやーいいうただな。うたっているかおを見つめて、ときどき「あ とのんさんも声を出していた。いっしょにうたっているんだ、きっと。

さんぽの帰り道、すーさんの風邪よ治れと、のんさんと花を摘んだ。
家に花を飾れたらと思うのだけれど、花屋さんで花を買うのもふしぎなきもちで、花を摘むといのちをなくしてしまうし、とここで固まって落ちていた花を飾るくらいしかしない。家で草花を育てるのも得意ではなくて、そとで各々育ってもらうのがわたしにはちょうどよい。きょうはすーさんへのお見舞い花束。いのちいただきますと言って花を摘んできた。摘みながら、のんさんといっしょに花を摘んで花束をつくる日がたのしみだなーなんて思いながら。

夜ごはんは、野菜の塩麹炒め煮、葉たまねぎのぬた、南瓜の塩蒸し、ブロッコリー、重ね煮のお味噌汁。


ふりむくとのんさんは畳のへやからわたしのいる方へ転がってきていた。彼女にはできるとかできないとかない。どこまでだって転がりながらすすむ。ほこりやかみのけなんかもひっつけて、なにも拒まずひきつれて。こうやって書くと、なんと寛大で勇敢なのだろうと思う。

2016年5月19日木曜日

155 温め直しも愛がなくっちゃね

2016年5月19日木曜日


じりじりの日差しをさけて夕方、外に出た。

いよいよのんさんが移動できるようになってきたので、まいにちやりたくなる掃除のしかたを見つけようと模索している。
のんさんが生まれてからキッチンは番茶の出がらしで箒がけ、ほかは雑巾がけにしている。雑巾がけはいいのだけれど、この雑巾に口をつけたくないと思うと磨いた床に口をつけるのんさんに対してこの掃除でよいかなーとちょっと思っている。
ゴロゥさんがinstagramに酢水をかけて拭いていると書いているのをちょうど見かけたので調べた。床の汚れを取りやすくする、消臭になるのだそうだ。ちょっと試してみようと思い、100均へスプレーのあたまを買いに行った。

おなじ雑巾をつかう方がごみは出ない。けれど、シートのようなものの方が清潔な気もする。使い古した布を雑巾にして1回使ったら捨てるというひともいた。さて、どれがきもちよいだろうなー。

おとこの浪漫(とようやくひらめいて、いま名付けた公園のベンチ)には、きょうもやっぱり男性がひとりずつ座っていた。このベンチの果たしている役割はなかなかおおきいと思う。


今朝は帽さんの起きるタイミングにのんさんもわたしも目を覚ました。これまでだったらのんさんのうとうとのうちに眠るようにとせかせか授乳をしていたけれど、きょうは帽さんを起こす目覚ましのんさんを帽さんになってもらった。
わたしはいちにちいるけれど、帰ってすぐお風呂にいれるときと朝タイミングが合えばそのときしか帽さんは起きているのんさんに会えないのだ。なるべくいっしょに過ごせるじかんをつくれたらとそんなことをしてみたら、朝のじかんがふっくらした。
こんなよゆうもなかったのかーと思う。すこしよゆうが生まれたのかーとも思う。


夜ごはんは、レタスサラダ、南瓜の塩蒸し、ほうれん草とまとカレー。

2016年5月18日水曜日

154 外はね注意報

2016年5月18日水曜日


秋みたいな雲だ。
白い絵の具が水に溶ける途中、クレヨンをティッシュペーパーでぼかしているような、そんな雲がひろがる夕方。風は心地よく日差しもまあるい。

まだわーんと泣くときもあるけれど、うつ伏せから仰向けが5分もかからずできる回数がふえた。あの、じかんをかけてころんとしたときに身体はうごきを覚えたのかな。

おしっこを一度にする量がふえていて、全身着替えることが1日に2回くらい。そろそろ折り方を変えたりしてみようかしら。


そんなにこにこのんさんと自然食品のお店へ歩いて行ってみた。知ってはいたけれど、すこし距離があってなかなか行かずにいた。行ってみたらいつものさんぽをとおまわりしたような距離で、わざわざ配送で買っていたものが揃っているし活気もある。いい八百屋さんを見つけたときとおなじわくわくで満たされた。
なにかと頭でっかちに予想して、はじめるのにじかんがかかったりするけれど、たいていのことは なーんだである。調味料とかはここで買うようにしていったらよさそうだ。ないを探したらどこまでも。あるのだ、ほんとうは。


このところぼんやりときどきのんさんとことばのことを思う。
のんさんとさんぽをしながら、話しかける。風がきもちよいねー、緑がきれいだねー、これはたんぽぽと言うよ。
そうやって伝えながら、名称ではない伝え方もしたいなーと思う。
なまえはしるし。言分けをして、混沌したせかいが整理されていくのだけれど、でっかいうつくしいうねりのある存在は木というなまえだけで言い表せるものではない。そのものをなまえ以外でどう伝えたらいいのだろうと考えながら伝える。いやーこれがさっぱりうまくいかない。改めてものをよく見つめたりことばを探したり。
あ、これと思う。わたしがかいてきた詩と同じ。そのものやかんじたことをなまえ以外で忘れぬうちにぐーっとつかまえて表して書きとめる。のんさんに伝えることばたちが、のんさんへの詩になっていったらそれはとってもいいな。

のんさんのせかいとの出会い方は、ことばで伝えるだけじゃなくてさわったり嗅いだりしてしるしをつけていけたらとも思う。


夜ごはんは、豆乳味噌ドリア(蕪とたまねぎと鶏肉)、トマト、葉たまねぎのぬた、ゴーヤチャンプルー、おかわりごはんと梅干し。

2016年5月17日火曜日

153 ローリングのんさん

2016年5月17日火曜日


日曜日くらいからのんさんのうつ伏せから仰向けにもどるれんしゅうが始まっている。本人はれんしゅうだと思ったりしていないと思うけれど。身体がそうやってうごいてしまってひつようなうごき、うごきのための筋力をつくっている。本能にさからっちゃいかんなーと思う。

はやくて20分、ながくて40分かけて仰向けになる。ハナミズもなみだも汗もよだれも、ときどきおならもおしっこも、うんちが出るときもある。ふんばる。からだのすべて、できることすべてつかって、ふんばる。仰向けになろうと思ったりもしていないかもしれない。なんでとか、こうしたいとか、あたまをつかわずからだのうごくままに、泣き叫んでつづける。

おむつ替えを終えてとか、トイレにいっているあいだにとか、寝起きにとか、ふらっとうつ伏せになり、スタートする。
わたしは、うつ伏せになってにこにこしている彼女がこのあと泣き叫ぶことを知っている。いやーはじまるかーと思う。予想できてしまう、先のことをかんがえてしまうからちょっと気合が入ってしまう。彼女はそんなことないからひょいっとはじめることができる。このひょいっとはじめられるかんじ、まねしたいなーと思う。

泣いているのをずっと見ているのは見ているだけなのになんだか体力をつかう。手を貸したくなってしまうけれど、そうしたら失敗も成功も彼女にひつようなものをたくさんうばってしまうから近くで見守る。そのあいだにそうじとかしたらいいのかもしれないけれど、なんだか落ちつかなくて近くにずっといてしまう。こんなにぐっとつかれるのならすこし距離を持ってなにかしながら見守った方がいいのかなーなんて思ったりもしてきた。

この仰向けになるためのじかんがスタートすると、音楽をしているひとがぽっとはいっていってしまうみたいに、絵を描いているあいだなんにもきこえなくなるみたく、彼女は無意識の中に入ってしまっているみたくみえる。うとうとしているような半分眠っているような目をしていて、目が合わなくなる。彼女の中にはいってそれだけにすべてそそぐ。それをすこしうらやましくも思う。

これは陣痛みたい。うーんわーんと泣いているじかんと、すーっと眠っているみたいなじかんがある。ちゃんとからだはそれができるように調整しているのかなー。

さて、きょうは40分以上かかりそうな気配だ。できたらすぐに抱きしめる。彼女にはよろこびとなるのかわからないけれどわたしがうれしい。そして彼女におつかれさまのきもちを込めていっぱいにぎゅっとすることにしている。抱きしめているあいだに、彼女はこっちにもどってきてにこっとする。

ころんころんとまわれるようになるのに、どのくらいのじかんがかかるのかしら。できたら次のできないにぶつかって、ずっと泣き叫びつづける。のんさんもわたしも。


夜ごはんは、お粥。
帽さんが研究局で外食のため、母乳メンテナンスの日にしてみた。

2016年5月16日月曜日

152 おめでとうありがとうの日

2016年5月16日月曜日


祝のんさん5ヶ月。
おめでとう ありがとう

夜ごはんは、母手作りチャーシュー、冷奴、ぶりのお刺身、ゴーヤチャンプルー、葉玉ねぎのぬた、根曲がり竹のお味噌汁、ごはん。

2016年5月13日金曜日

149 わたしなら綿毛をコスモスと名付ける

2016年5月13日金曜日


のんさんとお昼寝をした。いつもならそのあいだに掃除とかするのだけれど、ラジオを消してごろんと眠った。しぜんと眠り、しぜんと目覚めるきもちよさ。のんさんの方が先に起きて寝返りのれんしゅうをしていた。タオルケットがあってうまくいかないのだけれど、理由なんて考えずひたすらくりかえす。

ひたすら口にいれるというのをくりかえしていた木のおもちゃやうさぎのタオル生地のおもちゃをきょうは振っていた。手首を1・2、1・2と手の甲手のひらの方へゆっくり振って音が鳴ることを見つけていた。
2週間くらいかけて口でかたちや手ざわりなんかをたしかめて、ようやく音を鳴らす。
職人のようだなーなんて思う。こんなじかんのとり方でものを見たりつくったりできたらなーと憧れる。そんな彼女もなかなかうつ伏せから仰向けに戻れなくてぷんすかしている。起きているあいだにできていた家事のじかんがいくらか短くなっている。じっくりゆっくりできるをふやしているのだからだいじょうぶだー


おかゆをたべていたらじっと見つめるので木のスプーンにひと粒いれて口に運んでみた。食べはしないけれどスプーンを、なんども舐めていた。こうやってすこしずつたべるに慣れたらいいのかもしれない。おえっとならないようなれんげのような木のスプーンを用意しようかなー

公園にはお気に入りスポットがいくつかできている。男性がやたらひとりで佇む6つならんだベンチ、木陰のトンネルプラネタリウム(と呼ぶことにする)、ラクウショウの木。ラクウショウがいるところへ着くと声をかけさわる。きょうも、木に手のひらをつけた。すると、さわやかに薫った。それぞれの話し方があるなーなんて思う。


夜ごはんは、大根と鶏肉と牛蒡と舞茸の煮物、厚揚げと小松菜の煮浸し、人参しりしり、ピーマンの肉詰め、大根と帆立の貝柱のサラダ、冷奴、ごはん。

木陰と日差しのコントラストがつよくなってきた。スケボーと太めの短パンにTシャツ、つばのある帽子がやたらと似合う夕方です。



2016年5月12日木曜日

148 ビーチサンダル

2016年5月12日木曜日


連休をあけて空はぐずついていた。あそんだ身体やこころを休めなさいと言っているよう、たいようもはしゃぎすぎたわとばてたのかもしれない。

雨や雲がわたしたちを鎮めた。そうしてえいーっと伸びをしたくなるような身体のうずうずがもどってきたきょう、よく晴れた。

日曜日に段差をつかってできた寝返り。きょう、段差なしにできました。いちど出来ると何回もころがっていた。身体がそう動いちゃうというようにころんころんと。
彼女の欲求の種類がふえている。手で触りたい。口にいれたい。落ちてしまったかなしい。転がりたい。こうやって好奇心とともにできるがふえていく。できなかったころのことを忘れながらすすむ。できないころも愛しく噛みしめて、できるをおおきく喜びながらすすみたいな、と思う。


公園は背の伸びた草を刈る時期のようで、刈られたところからもわんとみどりが薫る。
雨が降るたびに季節が次の季節へ近づいていく。おしてはひいてならしていく。この雨で春を脱いだ季節。靴をビーチサンダルに履き替えたかしら。

のんさんはというと、暑くて機嫌がわるくなり、薄着にすると鼻水をたらし、ちょうどよいを探す。あっさりビーチサンダルというふうにはいかない模様です。


のんさんがおなかにいるころ、もう真っ暗だった午後4時。これから外へ出ようというきもちになるくらいに日がのびた。
のんさんとの過ごした方を考えよう。ずっとお家はだらだらするし、ずっとお外は疲れちまう。抱っこひも散歩は落ち着く。こうやって日記も書けて思いのままに歩けて。ふー。


夜ごはんは、アスパラガスとベーコンのスパゲティー、大根とホタテの貝柱のサラダ、人参しりしり、大根と牛蒡と舞茸と鶏肉の煮物、厚揚げ、ごはん。

2016年5月7日土曜日

143 パンはおあずけ

2016年5月7日土曜日


きのうは、眠る直前に思い出して、HEY!HEY!NEO!をみた。袋にあとひと切れの干し芋を見つけて、トーストで温めてたべながら。これがわたしの、こどもが眠ってからの大人のじかんなのだなーと思ってくすっとした。なんだかとっても至福で、なにか寄り道をすることなく、テレビを消してすやすやと眠りについた。


夜ごはんは、あるものやいただいたものあれこれを出しながらつまむおそい昼とはやい夜ごはんでした。

どうやらすこしストレスによわくなっているのか、正直になっているのか、もんもんとしたきもちが身体に出やすくなっている。夕方、熱がすこし上がり、あたまが痛くなってしまった。

授乳・おむつ替えスペースであったおばあちゃんに成り立てであろう方が、「いいわよねー 泣いてわらって、このときがいちばんにんげんらしいんじゃないかしら。わたしもなりたい。ま、おかあさんおとうさんはたいへんよね。」と話しかけてくれたことばを思い出す。すごくきもちのよい風とおしのよい方だったな。

2016年5月3日火曜日

139 ツタンカーメン

2016年5月3日火曜日 憲法記念日


夜ごはんは、しょうが焼き、きゃべつてんこもり、重ね煮やさい炒め、アボカド、冷奴、ごはん。

きょうはいい休日だった。
どのひともがまんをせずせかせかせずのびやかにいられたということだろう。

中村ゴヲルデンに立ち寄り、のんさんがおなかにいるときからすこしずつへらしてきていた古本をようやっと売りにいった。中村さんのところにあったペンケースがとてもいかしていた。たったの千円、されど千円。無駄遣いかなーとか、ペンケースつかう機会がいまないし、なんていろんな言い訳とともに買わなかった。

この前、2冊の本どちらかを買おうと手にとって、すこし読みながら悩んだことがあった。手にとって持った瞬間答えは決まっていた。けれど、なんども手にとっているうちにはじめの答えではない方が合っているようなきもちになってきて、そのままレジに向かった。お風呂でめくるとなんにもあたまに入ってこない。しっぱいというか、いまではない方を買ってしまったのだった。
なにかを買うときも、買わないときも、よく言い訳をする。言い訳の前に出てきた「!」をひょいっとつかみ逃さないように、あたまの会話をへらしたいもの。

のんさんの授乳のあいだに、 両方の実家へ送る荷物の梱包を終え、夜ごはんの下ごしらえが終わっていた。よくあることなのだけれど、改めてありがたいなーと思う。

いま(夜)、外はびゅーびゅー音がする。さっきまで本降りというかんじの 雨音も聞こえていた。ひんやりはしていなくてむしむししていて、じんわり汗ばむ。夏はそこにいるんだな。おーい、気をつけていらしてねー