2016年5月17日火曜日
日曜日くらいからのんさんのうつ伏せから仰向けにもどるれんしゅうが始まっている。本人はれんしゅうだと思ったりしていないと思うけれど。身体がそうやってうごいてしまってひつようなうごき、うごきのための筋力をつくっている。本能にさからっちゃいかんなーと思う。
はやくて20分、ながくて40分かけて仰向けになる。ハナミズもなみだも汗もよだれも、ときどきおならもおしっこも、うんちが出るときもある。ふんばる。からだのすべて、できることすべてつかって、ふんばる。仰向けになろうと思ったりもしていないかもしれない。なんでとか、こうしたいとか、あたまをつかわずからだのうごくままに、泣き叫んでつづける。
おむつ替えを終えてとか、トイレにいっているあいだにとか、寝起きにとか、ふらっとうつ伏せになり、スタートする。
わたしは、うつ伏せになってにこにこしている彼女がこのあと泣き叫ぶことを知っている。いやーはじまるかーと思う。予想できてしまう、先のことをかんがえてしまうからちょっと気合が入ってしまう。彼女はそんなことないからひょいっとはじめることができる。このひょいっとはじめられるかんじ、まねしたいなーと思う。
泣いているのをずっと見ているのは見ているだけなのになんだか体力をつかう。手を貸したくなってしまうけれど、そうしたら失敗も成功も彼女にひつようなものをたくさんうばってしまうから近くで見守る。そのあいだにそうじとかしたらいいのかもしれないけれど、なんだか落ちつかなくて近くにずっといてしまう。こんなにぐっとつかれるのならすこし距離を持ってなにかしながら見守った方がいいのかなーなんて思ったりもしてきた。
この仰向けになるためのじかんがスタートすると、音楽をしているひとがぽっとはいっていってしまうみたいに、絵を描いているあいだなんにもきこえなくなるみたく、彼女は無意識の中に入ってしまっているみたくみえる。うとうとしているような半分眠っているような目をしていて、目が合わなくなる。彼女の中にはいってそれだけにすべてそそぐ。それをすこしうらやましくも思う。
これは陣痛みたい。うーんわーんと泣いているじかんと、すーっと眠っているみたいなじかんがある。ちゃんとからだはそれができるように調整しているのかなー。
さて、きょうは40分以上かかりそうな気配だ。できたらすぐに抱きしめる。彼女にはよろこびとなるのかわからないけれどわたしがうれしい。そして彼女におつかれさまのきもちを込めていっぱいにぎゅっとすることにしている。抱きしめているあいだに、彼女はこっちにもどってきてにこっとする。
ころんころんとまわれるようになるのに、どのくらいのじかんがかかるのかしら。できたら次のできないにぶつかって、ずっと泣き叫びつづける。のんさんもわたしも。
夜ごはんは、お粥。
帽さんが研究局で外食のため、母乳メンテナンスの日にしてみた。