2016年6月4日土曜日

171 おおきな栗のキノシタさん

2016年6月4日土曜日


帽さんとわたしにはいくつかの「そうそう」があるのだけれど、要領がわるいというか効率がよくないというか不器用というのもそのひとつだ。
ただ、どう効率がわるいかというのは、ちがう。いまのうちにこれをしておいたほうがよいだろうことはわかっていても、気になるに手を出してしまう。そうして、じかんがかかるのがわたしだ。帽さんはなっとくいかないと終わらなくて、ひとつずつしかできなくてじかんがかかる。

今朝のわたしは、6じころ目を覚ました。よなか、なぜだかライブをみた日の夜のようなハイ状態にあって、家計簿のようなものをつけてみたり、達郎さんの記事をよんでみたり、日記を書いたりして、目にはわるいなーなんて思いながらふとんにはいったのは1時ころだった。授乳を終えて、のんさんの眠っているうちに眠ったらいいのに、どうしても洗濯とごみ捨てのことが気になってはじめてしまう。朝から快便の布おむつを洗い、洗濯機を回す。ついでだとキッチンの水まわりも掃除して、燃えるごみを出した。ここまでずっと何かがクルクルクルクルしている。よしもうひと眠りと思いトイレに寄ると、またついでだと掃除をしていた。こうやって眠るになかなかたどり着かないのだ。こういうとき帽さんはすやすや眠っている。

ふとんにようやくやって来たけれど、高山なおみさんのふとんシネマをよみ始める。オトナの!で松岡正剛さんが言っていたように目次からよむ。目次の気になることばに丸をつけて、よみ始める。本篇にはいってからも、気になることばにまるをつけたり、思ったことを書きながらよむ。これはとってもよい。わたしはそのひとの話していることばを聞いていたいだけなのか、語感だけをなでて、さらさら噛まずにたべるみたいに味あわず本をよむときがある。とくにさいきん。文字を追いたい中毒なのに中身を置いていったりしている。けれども、この方法はゆっくり咀嚼してたべるみたいだ。舌ざわりだけでなくて、じぶんの舌でかんじている味をたしかめる。出会ったものとの過ごすじかんが濃密になり、記憶にのこりそうだ。
と、のんさんが起きる。こうして、みんなが起きるころ眠くなって、だらだらして結局いちばんさいごまでふとんにいるというのが休日のわたしです。


いまよんでいる本は
・高山ふとんシネマ
・吉本隆明の声と言葉。
・ もっと自由に母乳育児

ふとんシネマをぐんぐんよんでしまう。よんで、線をひいたり、思ったことを書きながら。そうして、ふっと気がついた。たぶん、ずっとそこにはあってわたしが気がつかなかっただけなのだけれど、わたしにみえる輪郭が宿った。
5年前くらいにあったふあんの塊がいなくなっていた。5年で得たものがあるとわたしは知っていた。とても限定的なものだけれど、生きる筋力のようなもの、ついたと思えていたのだな。


夜ごはんは、ひじき煮、くるみ和え、ひき肉とレタス目玉焼きのっけごはん。


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