ぽけっとのついているパジャマを着ると、そうなっている。両方だったり片方だったり、ぽけっとが出ている。ときどき、外出着でもやってしまい駅でおじさんに声をかけてもらうこともある。いつからなんだろう。出ていることをそのままにするようになるきっかけなんて、あったのかしら。母の家の黒いおおきな冷蔵庫にうつるぽけっとが出ているわたしを見て、ふっとそんなことを思った。
きょうののんさんは、日々過ごしている場所にいるときはいつものにこにこだったけれど、待ち合わせした母にあってからよく泣いた。こんなに泣き叫んでいるのは、ひさしぶり。場所みしり、ひとみしり、眠さ、どれかなのかどれもなのか。
生まれて2週間後くらいに母の家にいたときは、にこにことお風呂に入っていたけれどきょうはぜんぶの力を注いで泣き叫んだ。
せかいを分けはじめた。身分け、見分け。
わたしをさがし、見つけると、いっしょうけんめい見つめた。のんさんはわたしを混沌の中から分けているんだな。
「はな」と指さしていたすーさんがたんぽぽだけ「あぽぽー(たんぽぽ)」と言い、「はな」とは言わなかったな。
夜ごはんは、母のごはん。
きんぴら、蕗とさつまあげの煮物、時知らず、わかめと豆腐のおみそしる、ごはん。
近ごろちいさなありさんがやって来たり、日当たりがわるかったり、こじんまりしていたり、だけれどあの家にはあるがいっぱいだなーと母の家のふとんにて思う。あくまでわたしにとってのあるだ。わたしと、わたしのかぞくの暮らし、営みをつくれているのだな。
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