八ヶ岳、原村へ。
UAの声、音楽を聞いている中で、幾たびと空を見上げたり、目を閉じたりした。音の伝えるものはそこにありそうで。みえない穏やかなふつふつ。ステージに目をやるとそれだってとってもピースフルでハートフルなのだけれど、そのなにかとの交信にザザザザザッと雑音が入るようなかんじがした。
つよさ、覚悟、それを包むやさしさと許す心を新曲から改めて感じた。
ばちばちとめまぐるしく生きては死んで細胞分裂していく。その絶えないエネルギーを、おおきくてゆったりとした波が包む。
そんなものがみえたり、かんじたり。
音楽の中に憧れる佇まいを見た。
彼女はわたしの人生にずっといるなーなんて改めて思った。彼女がいたことで出会えたものの多さよ。
日々なにをしてなにをたべて、右に曲がるか左に曲がるか、どこで買って、なんと答えるか。そんなことたちの重なり。いまのわたしを見渡して、ゆきたいを見つめて。
のんさんは、比較的音数の多いようなところでよく眠り、ギター一本というところで起きていた。片方の腕わたしとお揃いに真っ赤に日焼けさせてしまった。はんせい。
夜ごはんは、うな富のうな丼(上)。
帽さん念願の鰻は、下諏訪でした。ぱりっぱりと焼かれて、肉厚で食べ応えがあってそれはそれは美味しかった。
道に迷いながら夜道を歩くのは、いつぶりだろう。月がいてすこし安心した。いつもよりなのか、東京よりなのか、空が高くみえた。降ってきているような星に見惚れて口をあーんっとあけていたらこわいはまっさらさらだった。帽さんに頼っていて、できることもしなくなっているかもしれない、なんて思った。
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