雨の予報だけれどいいお天気。ぼんやりとした晴れ。
弟のだいきとお父さんとお昼をたべて、おばあちゃんのお見舞いへ。
帰って来たらぱたり。どっと疲れてしまったようだった。
なにを選択するにしても、どしっと覚悟することが大切で。それがふわんっとしているとひとのせいにしてぷんすかなきもちに覆われてしまう。せっかくの思いやりも、ひとときも、台無しにしてしまう。
帽さんがずっと前にある友人のことを「ひとにいやな思いをさせないことに徹底していてすごいね。」と言っていた。わたしのあたまの中の掲示板みたいなところにメモ書きに書いたこの言葉が、画鋲で止まっている。
おばあちゃんは、意識がふわりとしている。ぬけがらみたく、会うたびに知らないひとになっていく。左目はわたしの知っているおばあちゃん。右目はとんでいってしまってここにいなかった。お父さんはおばあちゃんをここに繋いでいる。すべてがとんでいってしまわないように。わたしはのんさんとお父さんを繋ぐ。
かける声が愛でいっぱいである。不器用を辞書でひいたらお父さんが出てきそうなそんなひとだけれど、ほんとうの嘘はない愛のあるひと。
夕方、帽さんとのんさんと、あいこちゃんとすーさんと公園のはらっぱにいたら虹が見えた。どんどんぴりぴりがなだめられて、まあるいきもちになっていく。いたいいたいのは風でとんでいった。
夜ごはんは、平目と鮪のお刺身、冷奴、タコパス。
タコパスは、タコスののこりで帽さんがつくるパスタ。6年ぶりくらいにたべる。6年前たべたときは、ひとり暮らし。そのときの仕事に参っていて周りを心配させはじめていた。クリスマスイブに用意してくれたタコスの次の日の朝昼ごはんにたべたのだった、たしか。やさしくておいしかった。ありがたかった。
帽さんはお父さんよりずっとお喋りがじょうずで表現のできるひとだけれど、なにかがとっても不器用でなにかがすこし重なる。二人とも愛のひと。
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